2012年1月31日火曜日

英文読解講座

英文読解講座
高橋善昭著




【名著復刊】 甦る! 駿台の名物講師の名講義



本書は「中級以上の英文が読めるようになりたい」と願っている人のための独習用読解力養成講座です。


 本書が「形にこだわる」読み方にこだわっているのは、「意味」ないしは「情報」が「形」によってのみ表現され、捕捉されると考えるからです。英文の意味を知るためにいちいち英文の構造を意識する段階は、必ず通らなければならないものであると同時に、必ず越えなければならない過程でもあります。(「あとがき」より)


http://webshop.kenkyusha.co.jp/book/978-4-327-76473-9.html

JR代々木駅前にある、某ゼミナール予備校で、楽しいアホアホ浪人生活を送っていた私にも、白雲なびく駿河台にある某名門予備校で英語講師を務められていた、高橋善昭氏(あの学校では「高橋師」などと呼びならわしていたはず)の評判は、よく耳にしておりました。
英文の分析能力が素晴らしい、英語の発音もたいへん上手である。
あの看板講師の伊藤和夫より、実際の実力では上だ、などなど…

そんな評判を聞きつけると、「予備校講師グルメ」(人気講師の授業をハシゴすることが生きがい。しかし勉強はしないので、成績自体は伸びない)と化していた当時の私は、どうしても師の講座を一度とってみたくなり、夏期講習を申し込んでみたのです。
講座名は「早慶英語」ゼミだったかな?忘れましたけど、確かそんなタイトルだったはずです。

で、高橋師の授業を受けに行ってまず驚いたこと。
一人あたりの机のスペースがもの凄く小さい!とにかく狭苦しい。
隣に座っている学生と、身体を引っ付け合うようにして座らないといけません。
これは、代々木ではちょっとありえないことでした。

両隣に座っていたのは、もちろん知らない人です。
だけど、私の左に座ったのは…夏期講習でも席順はきちんと決められておりました…女の子でした。
率直に言うと、その娘の外見容姿は十人並み。受験生ということで、ファッションや髪形にも気を配っていないことが見え見えの、まぁはっきり言うとあか抜けない子でした。
しかし、当時の私もまた受験生です。女っ気が全くありませんでした。
だから女の子と隣り合わせ、しかも身体をぴったりと密着して座っている。
このシチュエーションだけで、勉強への集中はほぼそがれてしまっていました。

せっかく高い金を払って、看板講師の講習を受ける訳ですから、こんなつまらないことで貴重なお金と時間を無駄にするわけにはいかない。

「これじゃあ気が散って勉強になりますせん。すぐに席順を変えてください!わたしの両隣を男にしてください」

教務課へ訴え出ました…

というのは、もちろん嘘。
毎日、その女子学生とひと時を共にする…大教室だから数百人の学生がいる訳ですけど…ことへの期待が、夏期講習における最大の期待に変わってしまいました。
今考えてみても、とっても情けない。しかし、10代後半の、いわゆる「溜まっている」状態の男の心理はそんなものです。

あれから四半世紀が過ぎたいま、高橋師の講義内容は全く思い出せません。いや、テキストを読み上げる時の発音が確かにすごく良かったことだけはうっすら覚えているんですけどね…
それよりも、その子が窮屈そうに脚の位置を変えようとする時、彼女の右足の筋肉の動きがこちらの左足に伝わってくる…
その都度、私は授業に集中しているフリをしながら、その実全神経が足に行っているという、とってもとっても情けない状況に陥っていた事だけが妙に記憶に残っています。
今にしてみても、とってもウブで可愛かったですね。いや、単にキモいだけか。

まぁ、それはさておき…
当時から、師の書かれたこの「英文読解講座」は優れた参考書として評判だったと思います。
いや待てよ、私が受験生だったころにはまだ単行本になってなかったのかな?
研究社が出していた、英語教育に関する雑誌に連載されていた時期だったかもしれませんが、鮮やかな手腕で英文の構造を解きほぐして行く師の力量には感心したのを覚えています。
だから大学生の頃もこの本を買って読み返していました。

そのあと手離してしまったんですけど、名著と評判の高い学習参考書が近年では相次いで復刊されており、本書もそのブームに乗って?また廉価で入手できるようになったのは嬉しい限りです。
ただ、今読んでみるとさすがに正攻法過ぎるというか、こんなガチガチの勉強法ではさすがに面白くないよなぁ、1人の英語名人を生み出す前に、100人の英語嫌いを生み出してしまうんじゃないかな…と思えなくもないですね。
まぁ、「受験英語の落第生」の僻みと取ってもらえれば幸いです。

牟礼慶子さん死去

詩人の牟礼慶子さん死去

2012.1.30 21:11
牟礼慶子さん(むれ・けいこ=詩人、本名・谷田慶子=たにだ・けいこ)29日、脳梗塞のため死去、82歳。葬儀・告別式は31日午後0時半、神奈川県湯河原町吉浜1855、老人ホーム湯河原ゆうゆうの里で。喪主はおい、殿岡聡志(とのおか・さとし)氏。
昭和29年、現代詩同人「荒地」に参加。著書に詩集「ことばの冠」「魂の領分」、評伝「鮎川信夫-路上のたましい」など。

鮎川さん、というかその妻だった最所フミさんの事を調べていた時に、牟礼さんのご著書を読みました。だから彼女自身の読者、という訳ではないんですけど…
謹んでご冥福をお祈りします。


キャンパスデートの思い出

「血洗いの池」でデート。キャンパスデートの思い出

http://p.tl/o0N1

図書館のヘビーユーザーとなった今では自分でも考えらませんけど、大学の図書館へ行ったのは在学中2回ぐらいなんです。本は好きでしたけど、本を借りて読むとか、あるいは図書館で勉強するなんて発想は全くありませんでした。

で、キャンパスデートと言えばやっぱりゼミ室でしたw あすこは学生のたまり場でもあったし…

2012年1月30日月曜日

荻須高徳画文集

荻須高徳画文集―パリの街を愛し、生き、そして描いた


戦後初めて日本人画家として再入国を許可されてからフランスで生涯を過ごし、パリを愛し描いた荻須高徳。「最もフランス的な日本人」とシラク元大統領に評されたその傑出した人生を代表作と言葉で綴る待望の画文集。


2008年に出版された本ですが、私が荻須さんの絵に触れるようになったのはつい最近の事ですから、この画集も今回初めてみることになりました。
この表紙の絵も赤が鮮やかですけど、本当に色の使い方が上手いなぁ…と思いますね。
もちろん、彼が生涯描き続けたパリの風景は、ほんと街の雑多な雰囲気が再現されていてとても魅力的です。
これは是非一度、手に取っていただきたい画集ですね。





2012年1月28日土曜日

バレンタインデーにもらって困ったもの

バレンタインデーにもらって困ったものランキング2012


1 お返しに困る大人数でまとめての義理チョコ
2 手編みのマフラー/セーター
3 自分の趣味ではない洋服
4 大量の安いチョコ
5 派手な柄のネクタイ
6 ぬいぐるみ
7 高価なチョコ
8 恋愛系の小説
9 手作りチョコ(甘すぎる/少し残念な出来栄え)
10 下着

http://ranking.goo.ne.jp/ranking/017/valentine_troublesome_2012_male/

何をもらっても困りませんからどんどんくださいw

2012年1月27日金曜日

日本語を書く作法・読む作法

日本語を書く作法・読む作法
阿刀田高著



「文章の美しさを知らなければ、よい文章への一歩さえ踏めない」。読むことの勧め、朗読の心得、小学校の英語教育について、縦書の効果。日本語にまつわるエッセイのなかに、文章の大原則を軽妙に綴った一冊。


文章を書くのはあんまり好きではない。好きではないから短く書く。書くことより読むことが好きで、文章を覚えた。読む人にわかりやすく、ふっくらとした日本語を書くのは簡単ではない。読書や朗読、落語、詩歌、尻取り、かるた……子供の頃から、長い時間かけて日本語に親しむ中で培うものだ。芥川、漱石、谷崎など、日本に伝わる名文を引きながら、言葉と日本語に対する向き合い方を小説家がやさしく綴った、知的エッセイ集!


http://www.kadokawa.co.jp/bunko/bk_detail.php?pcd=201012000039

2012年1月26日木曜日

海外で英語が通じなかった経験はありますか?

うわっ私の英語力低すぎ……? 海外で通用しなかった私の英語力

Q.海外で英語が通じなかった経験はありますか? 
はい ……67.5% 
いいえ ……32.5% 


http://news.mynavi.jp/c_career/level1/yoko/2012/01/post_1444.html

英語が通じないとこっちが悪い、という感覚に陥ってしまうのかもしれませんけど、そんなこと全然ありませんから堂々としていましょう。
まぁ、旅先では「ウォートゥルアー」を飲み過ぎて、お腹を冷やさないようにね。

2012年1月25日水曜日

アリ70歳

今年の1月17日に、70歳の誕生日を迎えました。
意外に、と言っては失礼ですけどまだまだ若い。





「最も偉大なボクサー」モハメド・アリ70歳に




コナン・オブライエン

NYのホテルで夜にTVを点けたところ、TBSでコナン・オブライエンのトークショーを放送していました。
私の在米中は最も好きだったホストの一人です。
ずっとNBCで活躍していたんですけど、局側と対立して降板。私が日本へ帰国する直前の出来事でした。
日本でもウェブでは彼の動向をチェックしておりましたけど、実際に番組を観て元気なのが確認できるというのは嬉しい事ですね。

で、さっそくですが最新のクリップから。
パンツが思いっきり破れたコナンw

http://teamcoco.com/video/conan-splits-his-pants

2012年1月24日火曜日

という訳で帰国しました

結局、ずっと時差ボケでしたね。
で、時差ボケのまま日本へ戻ってきたら頭スッキリかと思いきや、やっぱりぼーっとしているというorz
歳を取るにつれて、その辺の適応能力の無さが顕著ですな。

まぁ、ボチボチと復活していくしかないでしょう。

2012年1月22日日曜日

ダイナーで昼食

レストランはアメリカでもRestaurantですが(当たり前)もっと安直で気軽にいける食堂はダイナーと呼ばれます。
日本でもDinerを名乗るお店はあるのかもしれませんけど、あいにくうちの周囲には無いようです。
東京に住んでいると、時折無性にダイナーへ行きたくなる。
ダイナーの食事は、別に特別なものではありません。家でも簡単に作れるものですが、それをお店で食べるとまた違った味わいになる。
この辺りは、日本における大衆食堂でも同じことが言えるでしょう。「おふくろの味」って事ですかね。

で、NYに行ったからにはダイナーで食べるしかない。
私はアッパーイーストサイドに住んでいたわけですが、アパート近くにあった行きつけのお店へ行ってきました。
食べたのは目玉焼き(オーバーイージー)、そしてコーンビーフハッシュ。

2012年1月21日土曜日

Tinker Tailor Soldier Spy

今夜は映画観賞でした。
ずっと観たかったTinker Tailor Soldier Spy。
日本では、まだ公開されておりません。

http://www.tinker-tailor-soldier-spy.com/


前にも書いたように、ジョン・ル・カレの原作は面白いし、サー・アレック・ギネスが主演したBBCのドラマシリーズは最高の出来でした。

だから今回の映画版はかなり不安でしたが、いざ観てみると素晴らしい内容の作品に仕上がっていましたね。
わずか2時間あまりの上映時間に、非常に濃い内容がググッと詰め込まれていたと思います。
そして主人公のスマイリーを演じる、ゲイリー・オールドマンの素晴らしい演技!
これで彼は、俳優人生初のオスカーにノミネートされました。

他にも「英国王のスピーチ」のコリン・ファースやジョン・ハート、TVシリーズ「シャーロック」のベネディクト・カンバーバッチなど、脇を固める俳優陣も一流どころをずらりとそろえています。

なお日本ではGWに「裏切りのサーカス」の邦題で公開される予定です。
また観に行かなきゃw



劇場は、以前住んでいたアッパーイーストサイドにある映画館。
それほど大きなところではありませんが、何時もここで映画を観ていました。
「スター・ウォーズエピソード1」も、公開時はここで観ていましたね。

2012年1月20日金曜日

NYレンジャーズ対ピッツバーグ・ペンギンズ

引き続き時差ボケに支配されておりますが、夜は精力的にマンハッタンを徘徊w
今夜はマジソン・スクエアガーデンでアイスホッケー観戦。
対戦カードは、NHLの古豪ニューヨーク・レンジャーズ対ピッツバーグ・ペンギンズでした。

試合はホームのレンジャーズが失点を重ねて完敗。
現在ディビジョン首位でしたが、ちょっと今夜のゲーム運びはいただけないものでした。
なんとか1ゴールは取りましたけど、失点の形が良くなかったと思いますね。


2012年1月19日木曜日

ニューヨーク到着

ニューヨークに到着しました。
時差ボケではありますが、夜にメトロポリタン歌劇場へ。
プッチーニの「トスカ」を観劇。

http://www.metoperafamily.org/metopera/about/tosca-japanese-synopsis.aspx
http://www.metopera-digital.org/metopera/season201112#pg59

3時間のお芝居ですが、眠気をものともせず舞台に集中することが出来ました。
ただ、幕間に二度エスプレッソを飲んだw

ホテルはブロードウェイのど真ん中。
夜中までかなり賑やかな雰囲気。

2012年1月17日火曜日

2012年1月16日月曜日

荻須高徳展

「生誕110年記念 荻須高徳展」

日本橋の三越で開催されておりました。



「生誕110年記念 荻須高徳展」が東京・日本橋三越本店で


愛知県稲沢市出身で、文化勲章受章の洋画家、荻須高徳(1901-1986)の生誕110年を記念する回顧展を、東京・日本橋三越本店で開催中です。生涯のテーマとして居を定めたパリと、明るい日差しにひかれてたびたび訪れたベネチア。対照的な2つの古都を描いた代表作のほか、初公開の人物画や花の絵など約90点を紹介し、60年に及ぶ画業をたどります。
 荻須は、東京美術学校(現・東京芸術大学)を経て1927年の秋、25歳で渡仏。第2次大戦で帰国を余儀なくされた一時期を除いて、84歳で亡くなるまでパリに住み、人々の生活や歴史がしみ込んだ石造りの建物や街並みを描き続けました。1935年に初めて旅して以来、何度も長期滞在したベネチアでも、そこで暮らす人々の気配が感じられる細い運河や、苔が生え傾いた建物に目を向けています。

http://www.asahi.com/event/AIC201106140016.html



画家が長年滞在したパリの絵と、そして時折訪ねたイタリアを描いた絵。
これが全く違ったタッチになるのが面白かったです。
私が見た限りでは、やはりパリの絵の方が格段に良かったですね。

戦前のパリは、こんな雰囲気の街だったのかな…と想像することが出来る、とても鮮やかな色遣いには感激しました。

2012年1月15日日曜日

明治メディア考

明治メディア考
加藤 秀俊、前田愛著

学問領域を軽やかに越境する仕事で時代をリードした二大碩学による贅沢な対話。博覧会や新聞から筆記具や絵葉書まで、「人と人とのかかわりの諸様式」を縦横無尽に語り合う。

http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309244600

2012年1月14日土曜日

ブレーキング・ニュース

ブレーキング・ニュース・AP通信社 報道の歴史
序:デービッド・ハルバースタム 我孫子和夫訳

AP通信社の記者たちは戦争、平和、世界のニュースをいかに取材し報道してきたか。
新聞通信調査会 、2011.6

http://www.chosakai.gr.jp/publication/index.html

原題は"Breaking News: How the Associated Press Has Covered War, Peace, and Everything Else".


http://www.papress.com/html/book.details.page.tpl?isbn=9781568986890


D.ハルバースタムが序文を書いたことから判るように、原書は2007年に発売されている。
日本語版には、昨年の東日本大震災に対する件についても触れられた、トーマス・カーリー同通信社社長兼CEOの「日本語版刊行に寄せて」が掲載されている。
かなり分厚い本で読み応え十分、内容も濃い。図書館で読みましたが買ってみたい…
ただ大きくて重いから、自宅に置いておくのはちょっと大変かも。


訳者も長年、APで記者および総支配人として活躍された方のようです。
以下は2010年に日本記者クラブで行われた講演のもようです。


AP通信東京支局で記者と経営にたずさわり北東アジア総支配人を長く務めた我孫子和夫さんがシリーズ研究会「世界の新聞・メディア」⑥で、国際通信社の役割とインターネッ­ト時代に対応する新しいメディアについて語った.


http://www.youtube.com/watch?v=FpQ69TTwspg

2012年1月13日金曜日

女性と学歴

女性と学歴-女子高等教育の歩みと行方
橘木俊詔 著

なぜ女性の高等教育進学率は高まったのか。その背景と効果を豊富なデータから明らかにすると共に女子教育のこれからの可能性を探る。

http://www.keisoshobo.co.jp/book/b93983.html

2012年1月12日木曜日

大系黒澤明 第2巻

大系黒澤明 第2巻

黒澤明著、浜野保樹編・解説


『七人の侍』『用心棒』そして『赤ひげ』 絶頂のあとに知る苦難の時代
第2巻 1952~1973……名作がつづく「世界のクロサワ」初公開の貴重な写真を多数掲載
黒澤明誕生から100年 決定版全集[全4巻]

http://www.bookclub.kodansha.co.jp/bc2_bc/search_view.jsp?b=2155761

2012年1月11日水曜日

血の玉座―黒澤明と三船敏郎の映画世界

血の玉座―黒澤明と三船敏郎の映画世界

黒澤映画における、三船敏郎の存在理由とはいかなるものか。その映像の中で、分身/門/拠り代とは何を意味しているのか。画面の精緻な読解から、作品の新たな読みを提示する本格評論。黒澤明生誕100年、三船敏郎生誕90年記念出版!


http://www.tssplaza.co.jp/sakuhinsha/book/geijyutsu-etc/tanpin/22551.htm

2012年1月10日火曜日

外山滋比古著作集 8 風の音

外山滋比古著作集 8 風の音


著作集全8巻のうち、待望のエッセイ集である。30冊に余る既刊のエッセイ集から著者の自選によって、滋味掬すべき作品を集成した一巻である。師弟・食べ物から教育・ことばまで、人生万般、人間が生きてゆくうえでの智恵が詰まっている。近くは恩師・福原麟太郎、遠くは兼好法師にモンテーニュと、モラリストの文学伝統に連なる、人間観察の妙を味わっていただきたい。


「内田百閒を知ったのは偶然である。旅行にもっていこうと買った文庫本『百鬼園随筆選』だった。たちまちとりこになる……この百年間、文章にかけて百閒の右に出るものはあるまい。わが随筆遍歴は寅彦に始まり百閒に終った。奇しくもともに漱石の門下である。なにかあるような気がする」(著作ノート。)全8巻。

http://www.msz.co.jp/book/detail/04858.html

2012年1月9日月曜日

外山滋比古著作集 7 シェイクスピア考

外山滋比古著作集 7  シェイクスピア考

いかにしてシェイクスピアは、今なお読まれかつ上演される古典作家になったのか? ベン・ジョンソンはじめ、当時の人気作家に親しむ人は今はもうほとんどいない。また、彼の劇作品にはどうして戸外の場面が多いのか? さらにまた彼の作品には、なぜ年上のしっかりした女性がたくさん出てくるのか?


「シェイクスピアの作品はもともと舞台上演用台本であった。それが十八世紀になると、読者のためのテクストへと性格を変える。それが作品自体の意味を変えることになる……十八世紀に新しくつけられたト書きによって、シェイクスピアは、音楽的、立体的演劇から絵画的戯曲に変貌していったことがわかる。この変動は後世、つまり読者によってもたらされた点が重要である」(著作ノート)。


本巻は、シェイクスピア作品のト書きやエメンデイション(本文修正)の精査によって、読者の受容史を追求した論考を中心に、英文学をめぐる諸エッセーを精選・収録した。

http://www.msz.co.jp/book/detail/04857.html

2012年1月8日日曜日

外山滋比古著作集 6 短詩型の文学

外山滋比古著作集 6 短詩型の文学


ひとむかし前のことになるが、桑原武夫の書いた「俳句第二芸術論」なる論文が一大猛威をふるったことがある。これは種本があって、彼はイギリスの学者I・A・リチャーズの『実践批評』のテクストを下敷きにしていたのだが、そんなことは俳人たちの知らぬことであった。彼らはその単純な近代的な論理にむきになって反抗したが、どうも景気のいい堂々たる反論はできなかったようである。


本巻のテーマは、この事件を契機にして、著者によって構想・追求された〈反=俳句第二芸術論〉である。俳句を成立させている肝心要の、切れ字や季語、添削と結社など、世界に類を見ない、その日本独自の特性を明らかにし、西欧の近代的リアリズムに優る方法として俳句的表現を称揚する。芭蕉・子規から現代俳句までを渉猟し、読者の立場から俳句の特性を追究してゆく姿勢はまことにスリリングである。俳句を中心に、ひろく日本語の表現・論理を考察した刺激的な論攷。

http://www.msz.co.jp/book/detail/04856.html

2012年1月7日土曜日

外山滋比古著作集 5 日本の言葉

外山滋比古著作集 5 日本の言葉


「本巻に収められた三冊の本が出た1970年代前半は戦後の新しい思想の時代が続いていた。ことばについての関心はほとんどないといってよかった。進歩主義は言語という、土着、伝統の世界を離れたところで、難解な外来の歌をうたっていたのである……外国を基準として日本の文化、社会を判定し、不足する部分、はみ出すところがあれば、非はすべてわが方にありとする素朴な拝外思想は、明治以来、一時的反動の期間をのぞいて、いつもわれわれの社会をしばりつづけてきたといってよい」(著作ノート)。


第5巻には、日本語論ブームに火を点じた画期的な三著作『日本語の論理』『日本語の個性』『日本語の感覚』を収める。日本語は、欧米の言語に認められるアリストテレス以来の線的構造――煉瓦による固い構造――とはちがって、もっと柔らかい豆腐のような、点的構造を特色としてもっている。この独創的な視点から、著者はきわめて刺激的な〈新・日本語論〉を展開している。

http://www.msz.co.jp/book/detail/04855.html

2012年1月6日金曜日

外山滋比古著作集 4 エディターシップ

外山滋比古著作集 4エディターシップ


『ハムレット』の「To be or not to be」という有名なせりふを一つとっても、古来おびただしい解釈が存在する――「こういう例を見ても、読者が《あるがまま》を読めているとはとうてい考えられない……いかに《あるがまま》を読もうとしても読めない。それが人間である。文は人なり、ではないが、解釈は人なり」である。


つまり、人間はありのままを解することも、またそれを伝えることもできない。ここから、「虚言人」を意味する『虚々実々(ホモ・メンティエンス)』が生まれ、さらには『エディターシップ』が構想された。「エディターシップ」とは、編集そのものについての論考ではなく、純粋に二次的な創造にかんする文化論である。たんなる小手先の編集技術論ではなく、新しい価値を生み出す創造、人間がみなもっているクリエイティヴな機能について考察したものである。


さらに、独創的なアイディアを獲得する方法を追究した『知的創造のヒント』を併収する。

http://www.msz.co.jp/book/detail/04854.html

2012年1月5日木曜日

外山滋比古著作集 3 異本と古典

外山滋比古著作集 3異本と古典


「古典」とはいったいどういうテクストをいうのか? また、古典はいかにして生まれるのか? 教科書に載っているのはだいたいがいわゆる「古典」であり、「古典文学全集」などというものもある。しかし正面切って、「古典とはなにか? それはどうしてできるのか?」と問われたら、だれしも答えに窮するのではないか。これは従来の文献学的な研究法ではラチのあかない難問である。


「作者は作品を書く。しかし、古典を書くことはできない。作者の手もとをはなれたときすでに古典になっているという作品はかつて存在しなかった……それでは、古典はいったいだれがつくるのか。作品を読み、鑑賞する第三者である」。


すべての読者はテクストを読むことによって異本をつくり、それが時間の経過のなかでやがて収斂し、古典を形成する。このプローセスは翻訳・校正・シェイクスピア・連句などの分析によってスリリングに例証される。


『修辞的残像』によって〈読み〉の構造を明らかにし、ついで『近代読者論』において〈読者〉の地位を定立した著者は、この『異本と古典』のなかで〈古典成立〉のメカニズムを解明する。眞にオリジナルな〈外山学〉がここに完結することになる。

http://www.msz.co.jp/book/detail/04853.html

2012年1月4日水曜日

外山滋比古著作集 2 近代読者論

外山滋比古著作集 2近代読者論

垂水書房版の『近代読者論』が刊行されたのは昭和38年であった。そのとき出版社の人が書店まわりをしたところ、書店のおやじさんに、「書名に誤植ができてしまって……」と慰められたという。数多ある「読書論」の類とちがって、「読者論」はそれほど知名度が低かった、いや、存在しなかったといってもよいだろう。いまだに、『近代読書論』の著者と紹介されることがあるという。

むかしは文学も音読され、共同体の財産であった。作者も読者も独立しておらず、交換できるものであった。それが活字本以後、作者と読者はバラバラになり、長いあいだ、読者は作者よりも一段低いレヴェルに落とされてきた。

しかし、テクストをあるがままに(作者の意図のままに)理解することは可能だろうか? この疑問から、〈近代読者〉が誕生する。読者は作者とは違う読みを実践し、原テクストの〈異本〉を創り出すのである。ここに至って、読者は作者から独立し、〈読み〉をとおして創造に参加することになる。世界に先駆けて、ユニークな〈受容理論〉を展開した画期的な成果。



2012年1月3日火曜日

外山滋比古著作集 1 修辞的残像

外山滋比古著作集 1修辞的残像


ひとつひとつが切れ切れになっていることばが文章になると、どうして切れ目のない意味になるのか? 考えあぐねていたこの難問は、ぐうぜん琴の音を聞いたとたん、解決される。琴の音は点ではなく、線になっていたのである。ここから「修辞的残像」の仮説が生まれた。このアイディアはきわめて生産的で、次々に独創的な仮説=理論を生み出したのである。本巻は、やがて「近代読者論」や「異本論」「古典論」に発展・結実する〈外山学〉の萌芽をすべて含んでいる。これは著者の理論体系の基層をなす、記念碑的な著作と言ってもいいだろう。

「日本の修辞」は、連句の特質を中心に、外国に例のない、日本独自のレトリックを論じたものである。これを読めば、日本語は非論理的であるとは誰も思わないだろう。「ことわざの論理」は、「転石苔を生ず」など、大人の知恵のつまったことわざの意味をユーモアをまじえて説いた、お役に立つ一編である。

http://www.msz.co.jp/book/detail/04851.html

2012年1月2日月曜日

ジョージ・オーウェル―ユダヤ人から見た作家の素顔

ジョージ・オーウェル―ユダヤ人から見た作家の素顔

T.R. ファイヴェル 著、佐藤 義夫訳

オーウェルは遺言状で、自分の伝記を書かないように後世の人に求めたが、本書はオーウェルと親交のあったユダヤ人ジャーナリストのファイヴェルが、作家の波乱の生涯を説き明かした貴重な回想記。

1940年からオーウェルの亡くなる1950年までの著者とオーウェルの交際に基づいて書かれたもの。オーウェルと実際に交際した人でなければ書けなかった事実がいくつも記されている。



2012年1月1日日曜日

謹賀新年

新年あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

My Winding Path to English Mastery