「さわやか流」よ、永遠に。
【追悼】米長邦雄氏 将棋棋士九段、永世棋聖資格者・佐藤康光王将
40代後半から、ご自宅近くに場所を借り「米長道場」を開かれた。そこで若手棋士と研究に没頭されました。タイトルも取り、あれほどの実績を積まれても、将棋とは何かを模索し続けた探求心が、49歳11カ月での名人奪取につながったのではないでしょうか。
ファンを大切にされる方でした。50歳での防衛戦だった名人戦で羽生善治さんに負けた時のこと、対局後の打ち上げで、羽生さんの名人奪取をお祝いして関係者で万歳しようと言われたんです。常に将棋界のことを考えておられました。
http://sankei.jp.msn.com/life/news/121219/shg12121908060001-n1.htm
「サービス精神旺盛、対局楽しかった」 内藤國雄九段の話
内藤國雄九段の話「名前が同じ『くにお』だったこともあり、僕らの対局は“東の米長、西の内藤、国をあげての戦い”と言われましたね。普通、ライバルだと仲良くなんかなれないもんですが、米長さんだけは例外。あの通りユーモアがあってサービス精神も旺盛でしたから対局も楽しかったし、いい思い出です。ご冥福をお祈りします」
http://sankei.jp.msn.com/life/news/121218/shg12121816430007-n1.htm
大山康晴、中原誠の両名人を中心として、加藤一二三、米長邦雄、内藤国雄、大内延介、二上達也らの面々が虎視眈々とタイトルを狙う…
そして新鋭・谷川浩司が登場。
私が彼らの戦いに熱中した昭和50年代は、本当に将棋界が面白い時代だったなぁと思います。
また米長さんは最晩年、ツイッターのささやきでも人気を博しました。
最後まで気の若い方でしたね。
最後のツイートは
”鳩ポッポ。菅カラカン。どじょう総理。ツイッターで取り上げた民主党政権も16日までみたいね。”
という政治の話題だったようです。
https://jp.twitter.com/yonenagakunio
謹んでご冥福をお祈りします。
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