2025年5月13日火曜日

My Winding Path to English Mastery

 

When I was ten, a salesperson knocked on our door, passionately pitching English lessons. I cheekily responded, “I can’t even write the alphabet yet, thanks!” My parents, however, were intrigued—perhaps picturing a future me fluently navigating boardrooms or charming diplomats. Reluctantly, I agreed to give it a try.


Twice a week, I trudged to class. My teacher was exceptional, and my classmates diligent, but I preferred random conversations over grammar drills. It wasn’t conventional learning, but I believed then—and still do—that language thrives through connection, not perfection.


By junior high, two years of lessons had filled me with confidence as I entered my first school English class. Surely I had a solid foundation, right? Not quite. While conversational English came easily, my grammar and writing were sorely lacking, as reflected in my grades. Alarmed, my parents hired a private tutor whose tailored approach worked wonders. By high school, English was no longer my Achilles' heel, and I truly appreciated that lifeline.


High school wasn’t without its challenges. My grades plummeted, eventually leading to dropping out—a chapter marked by frustration. Determined, I clawed my way back at 18, passing the University Entrance Qualification Exam and enrolling in a Tokyo prep school. The renowned teachers there honed my entrance exam skills, guiding me to ace the university entrance exam.


Yet, success didn’t necessarily lead to motivation. University dissolved into a haze of video games and neglected studies. English, once a hard-earned strength, faded into the background. In hindsight, I deeply regret the potential I squandered.


After graduation, Japan’s booming economy eased job hunting, but a surprise awaited: companies used TOEIC scores as an indicator to gauge the English proficiency of new graduates. Panic set in as my rusty English skills threatened my career prospects. That moment spurred me to action. I scrambled to prepare, rediscovered my old notes, and reignited my love for learning the language.


So, what was my first TOEIC experience like? I’ll save that story for another column.


私の曲がりくねった英語習得の道

10歳の時、情熱的に英語教材を売り込むセールスマンが我が家のドアを叩いた。「まだアルファベットも書けないんですよ、すみません!」と生意気にも答えた私に反し、両親は興味津々だったようだ――未来の私が流暢に会議で交渉したり、外交官を魅了したりする姿を想像したのかもしれない。渋々ながら、私は試してみることにした。

週に二度、私は重い足取りで教室へ向かった。先生は並外れて素晴らしく、クラスメートは勤勉だったが、私は文法練習よりも、気の赴くままの会話に心を惹かれた。それは型にはまった学習ではなかったが、当時の私は、そして今でも、言語は完璧さではなく、繋がりを通してこそ豊かに育まれると信じている。

中学校に入学する頃には、2年間のレッスンが私に自信を与えていた。初めての学校の英語の授業。きっと盤石な基礎ができているはずだ――そう思ったのは早計だった。会話は容易にこなせたものの、文法と作文はひどく弱く、それは成績にも如実に表れた。危機感を覚えた両親は、私のための個別指導を手配してくれた。そのきめ細やかなアプローチは驚くほどの効果を発揮し、高校生になる頃には、英語はもはや私の弱点ではなく、むしろ頼りになる生命線となっていた。

しかし、高校生活は決して平坦ではなかった。成績は急降下し、ついには退学という挫折を経験する。それは、まさにフラストレーションに満ちた章だった。それでも諦めきれず、18歳で再び立ち上がり、大学入学資格検定に合格、東京の予備校に入学した。そこで出会った名だたる教師たちは、私の大学受験スキルを磨き上げ、見事、志望校合格へと導いてくれた。

だが、成功は必ずしもモチベーションに繋がるわけではなかった。大学生活は、いつしかビデオゲームと怠惰な学業に明け暮れる日々へと明け暮れていった。

かつて苦労して手に入れた英語力は、次第に背景へと色褪せていった。今思えば、あの時、どれほどの可能性を無駄にしてしまったのか、悔やんでも悔やみきれない。

卒業後、日本の活況な経済は就職活動を容易にした。しかし、そこで驚きが待っていた。企業は新卒採用の学生がどの程度の英語力を持っているかを見るために、TOEICのスコアを用いていたのだ。錆び付いた英語力がキャリアの見通しを脅かす現実に、私はパニックに陥った。その瞬間が、私を行動へと駆り立てた。慌てて準備に取り掛かり、古いノートを引っ張り出し、英語学習への情熱を再び燃え上がらせたのだ。

さて、私の初めてのTOEICの経験はどうだったのか?

続きは次回の講釈で。



2023年2月6日月曜日

メイチカ休止へ


「長生きして待ってるわ」…名古屋の地下街「メイチカ」、来月末で休業(読売新聞)

名古屋駅東口の地下街「メイチカ」の各店舗が、3月末で営業を休止することになった。リニア中央新幹線開業に向けて地上の駅前広場で進む再整備に伴い、地下街の空調設備を更新する必要があるためといい、営業が再開されるのは2026年度になる見通し。


名古屋へ着くと、まずここのコンパルへ行き、コーヒーとサンドイッチで腹ごしらえするのが楽しみでした。

それまでにまた名古屋へ行けるかな、というと微妙ですね。



古橋ゴール、セルティック快勝

 

古橋亨梧が2戦連発&OG誘発! 前田大然&旗手怜央も先発のセルティックが5連勝(GOAL JAPAN)

古橋が止まらない、これは文字通りの表現だと思う。

これだけヨーロッパの一流クラブで活躍する選手がW杯に選ばれなかったのだから、日本代表の選手層は本当に厚くなったと感心する。

もちろん三笘や上田綺世、浅野琢磨なども得点を決めている。

攻撃陣に関しては、今の森保ジャパンは文句なしに史上最強と言っても良いだろう。


古橋の得点シーン動画 (Sky Sports)

2022年12月15日木曜日

ドイツんだ?オランだ。

サッカーW杯がいよいよクライマックスを迎えていますけど、4年に一度の蹴球の祭典を迎えると、よくラグビーファンが


「どうしてドイツでは、ラグビーが盛んでは無いんだろう?」

とつぶやいているのを見かけます。
身体は大きいし、組織力にも優れており、そして精神的にも強いドイツの代表チームを見ていると、むしろラグビーにこそ向いているのでは?という訳ですね。
まぁ、ここ二大会は不本意な結果に終わってますが…

私もドイツ在住の日本人に、この質問をぶつけたことがありますが

「ドイツ人にとってはサッカーこそが戦いなので、それ以外のスポーツに熱中しようと思わないのでは」

という見解でした。

第二次世界大戦の前は、ドイツでもラグビーがそこそこ盛んであり、フランスと対戦して勝ったこともあります。
ただ、戦後はその実力が戻らなかった。
戦争で、多くのトップ選手たちが戦死したそうです。

それと、基本的にはヨーロッパ大陸では、ラグビーと言う競技自体がそれほど盛んではありません。
ラグビー大国のフランスがあるから、なんとなく誤解しそうですけど、ドイツに限らずヨーロッパでのラグビーへの関心は低いのが現実です。
また室内競技ですが、ラグビーと同様に手を使った球技であるハンドボールの人気が対照的に高く、ドイツやスペインなどでは大変な人気を誇っています。
この辺も、ラグビー人気がいまいち盛り上がらない理由なのかもしれません。

これはオランダなどでも同様ですね。
オランダは南アとも歴史的なつながりが深く、また身体の非常に大きな人が多いことでも知られています。
サッカーの実力も高く、ラグビーを本気で強化すれば、この国も世界の強豪に加わってくるかもしれないですけどね…

ただ、ラグビー日本代表がオランダとアウェイで対戦した時には、まさかの敗戦を喫しています。
この時は田舎の競技場で対戦したためグラウンドにスコアボードが無く、勝っていると勘違いしたジャパンの選手がボールを持つとタッチに蹴りだしてしまい、そのまま試合終了のホイッスルを聴いてしまったとも伝えられています。

2022年12月10日土曜日

西荻窪からお茶の水へ

 西荻窪で朝から用事を済ませ、駅前の富士そばで遅めの朝ごはん。

「富士そば」の、コロッケそばです。


寒い朝は、暖かいそばが良いですね。

ちなみに、この写真をFacebookへアップしたところ、フレンドの方から「ザ・東京やね」というコメントをいただきました。

確かに、コロッケそばって関西では聞いたことが無いかも。

いや、関東でもそんなにメジャーでは無いんでしょうけどw

でもコロッケそばがメニューにあると、つい注文してしまいますね。

あとは汁の色が濃いところ、それとネギが白ネギなところが関東風かもしれません。

そこから電車に乗り、お茶の水へ。

駿河台を下っていくと東京古書会館があるんですが、ちょうど古本市をやっていたのでちょっと覗いてみる事にしました。



あまり時間がなく、じっくり本を探すことはできませんでしたが、手ごろな価格で面白そうな本を二冊見つけたので購入しました。

萩原延壽集(1)「馬場辰猪」
野口武彦「幕末の毒舌家」

「馬場辰猪」は読んだ記憶もあるんだけど、何時どこで読んだかを思い出せない...
「幕末の毒舌家」は、本の存在自体を知らなかった。
この本に出てくる大谷木醇堂という人、なかなか興味深いです。


本を買い用事を済ませるとあら不思議、またお腹が空いてきたぞ。さっき、コロッケそばをやったばかりなのに。

という訳で、今度は洋食屋さんでお昼を食べることに。
明治大学近くにある「キッチンカロリー」さんです。
学生時代も利用した、懐かしいレストラン。

ここで「カツジャンボ鉄板焼き」をたのみました。
大きなポークカツに、お店の名物「カロリー焼き」が乗せられた鉄板、がなんとも美味そうで食欲をそそります。



ごちそうさまでした。

そこからまたブラブラ歩いて神保町駅へ。


「さぼうる」さんの赤電話を横目に帰宅しました。


2022年12月4日日曜日

早明戦…なしよ。

 本日は12月第1日曜日、となれば、ラグビー早明戦の開催日ですね。

私も昨日の夜までは、新国立競技場で観戦するつもりではありました。

しかし、朝起きてみれば気が変わってしまい、国立行きは取りやめました。


代わりに、渋谷にある国連大学の前で開催されている、ファーマーズマーケットへ犬の散歩がてら行ってきました。

ここでは、全国の農家さんが持ち寄った新鮮な野菜や果物などを買う事が出来ます。

また、本日は保護犬の譲渡会など、ペットに関するイベントも開催されておりました。

私はリンゴやコーヒー豆などを買い、ペット関連グッズも購入いたしました。






その後は荻窪駅に立ち寄り、荻久保ビール工房さんでビールを買い求めました。

飲み放題付きのお食事も魅力的ですね!こんど行くことにしよう。



ワンちゃんも、お外の席ならオッケーだそうです。

My Winding Path to English Mastery